障害を受容したかどうか?


そんなことは誰にもわからないんですが、
一応、今の日本の主流の考えは、


「価値観の転換が図れたとき」



って感じです。
ちなみに、価値観の転換が図れるって
どういう状態かというと



1)価値の範囲の拡大
   自分が失ったと思っている価値のほかに、
   多くの異なった価値のあることに気づく。


2)障害の及ぼす影響の限界
   障害をともなっていても、自分の人間性
   損なうようなものではないと思えるようになる。


3)身体の外観を従属的なものとする
   外観よりも、内面的なものに価値を置くようになる。


4)比較価値から資源価値への転換
   他人や一般的な標準と比較するのではなく、
   自分自身の特性や資質自体に価値を置くようになる。


と言うことだそうす。



文字にしちゃうとアッサリしたものですが、
現実に半身麻痺になったり、人工肛門
なった人にとっては、長く苦しい過程です。



病気ってどんな病気も、受容していく過程って
あるように思います。
仮に命が助かって、手足の麻痺なども問題なく、
社会に復帰できるとしても、
それでも、その病気になったという事実を
受容していくというのは、結構、大変なんだなぁと
最近思います。



精神の病もそうです。
その病に再びなることをおびえつつ、
その病と共存することを心に決めて
生きていくって気持ちになれるまでには、
やっぱり、長く苦しい過程があるんだろうなぁと
思います。